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Song-2-Song

読書感想文・メンタルヘルスについてのあれこれ等。「何者でもない」者の日々の憂い

ゲームをやめてからの生活状況

自省録

 MMORPGと呼ばれるジャンルのオンラインゲームを引退する…つまり一切断った上で、1人プレイを前提とするゲームにすら手を出さないこの頃。

 驚くべきことに、これらゲームをやっていたときよりも日常は「忙しく」なっている。何故だろうかと考える。

 

 私は、お世辞にもゲームを慣れしているとは言えない者だ。その理由は幼少期にまで遡るのでここでは割愛するが、ゲーム慣れしていないがゆえに「苦戦」「リトライ」を強いられることが多かった。これがどうやら曲者だったようだ。

 成功し得るものに対して、試行回数が増えるほど、人間は希望を抱く。パンドラの箱の底に残った希望というやつだ。それはポジティブなイメージのものではなく、時間を食い荒らし疲労を蓄積させる、悪魔の業とも言えるのだろう。ただし、疲労のためにすぐに眠りについたり、「時間の浪費への後悔」を考えるまでもなく一日がリセットされる。

 これでは、何が身体と心と将来を蝕んでいるのか分からないままである。

 

 長らくこの生活を続けながら、一方で知的活動というゲームにも熱中するというひどく非効率的な暮らしを送っていた。ビールが飲みたくなるような疲労ではなく、「時間がない」という形のない不安に追い立てられるだけの毎日。

 

 でも今は、私を追いかける何者かの存在を全く感じない。

 一日の終わりには熱い風呂に入りたくなるし、酒や映画でのんびりとくつろぐ自由時間が待っている。それもやはり時間を圧迫しているし、夜の余暇込みで最初に述べた「ゲームを辞める前よりも忙しくなった」という客観的観測を書いた。

 しかし、これはパンドラの箱から飛び出したほうの希望に値するものだと思う。

 

 失われた時間は回復していく。

 それがいつ何時でも。