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Song-2-Song

読書感想文・メンタルヘルスについてのあれこれ等。「何者でもない」者の日々の憂い

或る新興宗教「元」信者の、回想録(終)

或る新興宗教「元」信者の回想録

虚構。

想像上の秩序。 

 ―サピエンス全史

 

本記事では「彼女」が事実上の破滅を迎えるまでを書く。

自分の宗教に関する考察は、別途補足する。

 

<石鹸売りの男の嘘>

 「私」の人格がスプリットした、と述べた。

 オルター・エゴと呼ばれるものの存在を書いたフィクションは多数あるけれども、あらすじを追うと「自分と同じ体験をしている人は、他にもいる」という確信が持てる。

 スマートフォンタブレット端末の普及により、ネットから大人社会の情報を仕入れた早熟の子供は、そう珍しいものでもなくなった――が、あの時洞察していた「私」は、そんな類のものではない。少なくとも、これを述べている自分とは異なる「私」だった。必要に迫られてイマジネーションだけで作り上げた、巨大な大人の像。

 

 母が宗教に陥った理由を分析した。

 依存しなければ砕けてしまう心。

 彼女は、社会と接点を持ち・賞賛されることを、人生の最重要課題としている。

 そして、彼女の自己認識の鍵を握るのは、もはや「私」しかいないこと。

 …つまり、母を生かすも殺すも私次第だ。

 

 まずは彼女に、社会の情報をもたらすことから始めた。私がいかに賢い子供で・いかに大人たちに認められているかという情報に付与する形で、である。そうでなければ、情報に信ぴょう性がなくなる。

 また、偽りの開放感を演出するため、彼女にネットゲームを薦めた。案の定、依存してくれた。

 そのうえで、私たちの「宗教」に依らない選民意識を植え付ける試みをした。

 私は素晴らしい、私を教育した母も素晴らしい。世界中の人がそう褒めてくれる。出会う人みんなが特別扱いをしてくれる!

 

 …愚かな彼女は信用してくれた。

 ここで私の計画は最終段階に入った。

 私たちを賞賛する「世間の」全員が、宗教を非難している。

 信者仲間には、母が侮蔑する被差別民がたくさんいる。

 さぁこの宗教と、縁を断とうではないか。

 

 嘘に嘘を塗り重ねた、数年に及ぶ試みであった。

 母は、敬虔な信者をやめて、「私」の敬虔な信者となった。価値観の中心に私がいて、それが成功の証で、もはや宗教に依る必要などない。

 私はほくそ笑んだ。

 

<崩落>

 これが最後の回顧となる。

 神具は変わらず家にあり、処分こそされなかったが、母は痛烈に宗教を非難・私を宗教から守ってくれるようになった。だが、依られる側の立場のことを、私は想像したことがなかった。

 

 宗教とはネットワークだ。

 世間全体の良い部分を、数百人・数千人が共有する架空の概念に圧縮するということだ。架空の概念・そしてそれを担う人々の役目は、決して1人ではこなせない。如何な新興宗教、個人を信奉するような形のものであったとしても、その個人が自発的に信者を結び付けているのではない。あくまでも「信者たちが思い浮かべる想像上の神・個人」の集合体が宗教における会話・儀式なのだ。

 そして重要なのが、その場で行われるすべてのことが、自分の良識を疑う人々…つまりは信者たちに、安寧と秩序をもたらすという事だ。それをいきなり、無理やり枷が外されたとしたら、どうなるのか? 

 

 私は大きな過ちを犯した。

 世間を圧縮して母に提供をする・母のイマジネーションのなかの世間という役割を、1人で背負い込んでしまった。ましてや、それは不完全な思春期の子供だ。

 私が人間として見せる一面に、彼女は失望した。

 私が彼女にもたらした希望・社会を上空から見下ろす悦よりも、私個人の醜悪な一面への嫌悪のほうが、優っていたのだと思う。

 

 母はたびたび私を罵倒するようになった。

 人間としての「私」に対し、彼女自身が劣っていることを認識するたびに、発奮し暴れるようになった…そんなときは、包丁やハサミを手に私を追い回し、追いつけない場合は私の所持品を気のすむまで嬲り続けた。

 私は次第に無気力になった。

 元々幽霊のような存在であった妹も、ほとんど家に寄り付かず、学校とアルバイトの掛け持ちで不在だった。

 

 私たちの家庭を支配するのは、信仰や共通の概念から解き放たれた、獣のような暴力・悪意だった。知識や良識などといったものはまるで役に立たない。

 毎晩吐き気がするまで母の代わりに「ネット上の会話」をし、その結果次第で褒められたり所持品を壊されたりした。母が寝付いたあとに映画やアニメの鑑賞をし、翌朝早くに起きて「母の代わりに」ネットのアバターを操作する。

 

 数年後、私は自殺未遂をした。

 深く帰依するようになっていた、ある宗派の寺院の前でのことだった。

 

 これ以降、正確には「このときの話」については、誰にも話していない。

 現実の知人友人はもちろんのこと、これが載るであろう場所を教えている、誰にもだ。

 血縁上の父に付き添われて色々なテストを受け、解離性同一性障害PTSDなどといった診断がつき、即時入院を勧められた。だが私は拒んだ… 

 この世界に私の知らない秩序があるなら、きっとそれが何とかしてくれるのだと思っていたから。

 

 その先には、果てしない空白の時間が広がっていた。

 神も人も存在しない、ひたすら罪の意識に苦しむだけの時間が。

 

 あるとき、私は実家に帰った。

 宗教の痕跡、巨大な祭壇がまだ残っていた。洗礼を終えて名前を得た日だった。イタリアの僧侶に祝福されたロザリオを胸にかけていて、これを期に実家の私物をすべて処分しようと考えていた――

 私がジャケットを脱いだ時、胸元を見た母が叫んだ。

 「出ていけ!」

 そうだ。

 もう私たちは、別の世界の人間になってしまったのだから。